『 早春ものがたり ― (2) ― 』
ざわざわざわ −−−−
たくさんの人々が 無関心に改札口を通りすぎてゆく。
ここは どでかいビジネス街の足元ではないけれど、 それなりに中小のオフィスが雑多に
構えている街なのだ。
だから余計に いろいろな、本当に見た目も年齢も様々な人々が行き来している。
この改札を抜け 階段を上がりしばらく大きな道沿いにゆき、三つ目の角にジョーの勤める
編集部が入っているビルがある。
かなり年季の入ったドアの内側は ― いつだって賑やかだ。
「 はい〜〜 編集部〜〜 あ ど〜も〜〜 」
「 おい ○○先生、寝かすなあ〜〜〜 」
「 メール! メールでお願いシマス 」
ばたばた ドタバタ ・・・ がっしゃん。 うわ〜〜
「 え・・・っと。 タカハシ君? 今から外出するから頼むな。 」
ジョーは PCをスリープにすると立ち上がった。
「 あ 島村チーフ、取材っすか 」
「 いや ちょっと私用・・・ 」
「 あ〜〜 チーフ、午後休でしたよねえ〜〜 すいません、気がつかなくて〜 」
「 アサダさん。 ヨロシク〜 」
「 はあい。 うふふ〜〜〜 奥様とおデートですかあ〜〜 」
「 いや ・・・ ちょっとムスメと約束してて 」
「 あ〜〜〜 あの美少女ちゃん♪ うわ〜〜〜 いいなあ〜〜 」
「 ちょ・・・ タカハシ。 そんな口 きくと〜 島ちゃんに殺されるよ? 」
「 うえ・・・ アンドウ課長〜〜 匿ってくらさい・・・ 」
「 ばあか。 島ちゃん、行ってらっしゃい。 すぴかちゃんにヨロシク 」
「 ありがとうございます、アンドウ課長。 それじゃ 」
「 おう、島ちゃん〜 お嬢さんとデートかい? 」
奥の個室から のっそり初老の男性が現れた。
「 あ 部長。 ちょっとムスメと買い物に付き合わされて ・・・ 」
「 ほう〜〜 いいなあ〜。 ま 今のウチだよ。
ムスメなんて あっと言う間に嫁にいっちまうさ。 」
「 あ・・・ ま〜さか ウチのはまだやっと中学生ですよ〜 」
ジョーは思わず笑い出してしまった。
中学生になったけれど、 彼のムスメは相変わらずGパンにギチギチに編んだお下げで
駆けまわり跳ねまわっているのだから・・・
「 いやいや・・・ オンナノコはな〜 ある日突然 羽化して・・・
蝶々になって飛んでいってしまうものさ ・・・ ウチの娘なんかも ・・・ 」
はあ〜〜〜 ・・・ スズキ部長はなが〜いため息を吐く。
「 あ 部長〜〜 今度の新人賞候補のゲラですけど〜〜 目 通してくださいませんか 」
アンドウ課長が 気を効かせ仕事をもってきた。
「 ・・・ あ? ああ ・・・ うん ・・・
島ちゃん。 今だけだ 今のうちに存分に娘さんに付き合ってもらうんだな〜 」
ゲラの束を手にスズキ編集部長は しおしおと部長室に戻っていった。
「 あ〜〜〜 部長ったらまだ引きずってる 〜 」
「 ― 花嫁の父 ですか 」
「 ってか ・・・ 娘ロス だわね、あれは 」
「 はあ 」
ストン。 ジョーはなんとなくまた自分の椅子に腰を落とした。
・・・ そう だよなあ。 10年後には すぴかだって ・・・
今は 日焼けしてバスケ命〜とか言ってるけど さ ・・・
パタ パタ パタ ― 軽い足音がしてリビングのドアが開いた。
「 あ ジョー ・・・ ちゃんと着替えた? 新しいシャツ、出しておいたでしょ? 」
フランソワーズもいつもより高声で 弾んだ雰囲気が溢れている。
「 あ ・・・ うん 」
「 本当ならモーニングとか着てほしいんだけど ・・・
すぴかが 普通でいいの! って 言うから ・・・
でもそのスーツも一張羅ですものね〜 」
「 う うん ・・・ 」
「 ネクタイは博士に頂いたのにしたでしょ? タイピンとカフス・ボタン 忘れないで」
「 ・・・ タイピンは 昔アイツにもらったイルカのでいいんだ。 」
「 え。 ・・・ あ〜 そんなのあったわねえ〜〜 」
彼の妻は ころころと笑う。
「 ぼくには ― 宝モノだ。 」
「 そうねえ ・・・ ま いい記念になるわよ。 そろそろ出かけましょうか。 」
「 ・・・ あ うん ・・・ 」
ジョーはむっつりしたまま 重い腰を上げソファから立ち上がり ―
「 !? うわ ・・・・・ っ 」
目の前に立っていた彼の妻をみて 棒立ちになってしまった。
「 ・・・・ ふ フラン ・・・ その 」
「 え? うふふ・・・どう? 」
くるん。 フランソワーズは袖を抱えてくるり、と回ってみせた。
ジョーの前には 春色の着物をきた彼の妻がほんのり頬を染めている。
「 き ・・・ きれい だ ・・・ 」
「 うふふ〜〜 ありがと。 本当ならね〜 ムスメの結婚式には母親としては
江戸褄 とか 留袖 ・・・って思ったんだけど すぴかが あの恰好だから 」
「 とめそで って あの黒っぽいヤツだろ? 」
「 そうよ。 」
「 こっちがいい! ぜ〜〜ったいにこっちの方がいいよ! 」
にっこりほほ笑む彼女は 朱鷺色の地に白梅の裾模様、亜麻色の髪を軽く結い上げ
珊瑚の帯留めと揃いの櫛を挿している。
・・・ フランって ・・・ こ こんなにキレイだったっけ??
ピンクのキモノよか ず〜〜〜っとキレイだよ〜〜
「 ほら 出かけましょ? いくら簡単な式でも花嫁の両親が遅刻したら
あの子が可哀想よ 」
「 あ ・・・ うん ・・・ 」
「 うふふ・・・ わたし達の結婚式の日 ・・・ ジョーったらなかなか教会に
入ってこなくて 」
「 ・・・ あれは。 ブーケにする花、摘んでて・・・ 」
「 そうそう そうだったわね 懐かしいわあ 〜 」
フランソワーズはあの頃と少しも変わらない明るい笑みを振りまく。
「 ・・ き キレイだなあ ・・・ 」
「 え なあに。 」
「 あ そ その・・・ キレイだな〜〜って思って ・・・ 」
「 うふふ・・・ありがと。 一番お気に入りのキモノなの♪
今日のためにね〜 一人で気付けできるように練習したのよ 」
「 え あ そ そうなんだ? 」
「 そうなのよ〜〜 さ でかけましょ。 」
「 ・・ あ ぅ うん ・・・ 寒いけど晴れてよかった ・・・ 」
「 ね? 早春って ・・・ 一番ステキな季節かもしれないわね
わたし 大好きよ。 特にね、ウチの前の海の早春が 好き。 」
「 ウン いいよなあ 〜 では 参りますか、奥さん? 」
「 Oui Monsieur 」
す ・・・ と伸びてきた白い手に腕を貸し 二人は家を出た。
その日も 豊かな冬の陽を写し、海は黄金の煌めきを一面に揺らせていた。
式場になる教会 ― いつも日曜毎に家族で通う教会は 坂を下りてすこし歩けばもう目の前だ。
控室に 本日の花嫁が神妙〜〜な顔をして座っていた。
お。 珍しくしおらしいじゃないか ・・・
うん うん ・・・ さすがぼくの娘〜〜
ジョーは こそ・・っと声をかけた。
「 ― すぴか ・・・ 」
「 えへ・・・ おと〜さん おか〜さん どう? 」
「 き キレイだよ〜〜〜〜 ものすごく ・・・ 」
「 ステキな花嫁さんよ〜〜 でも 本当にこれでいいの? 」
「 うん。 アタシ、お母さんと同じがいい。 この白いワンピ―ス 好きだし。
ってかさ〜〜〜 わんぴーす ってこれっきゃもってないし〜〜 」
「 だから レンタルでドレスを 」
「 アタシ、お母さんと同じだよ? 」
「 そう ね 」
母と娘は同じ色の瞳で微笑み合う。
「 それじゃ はい・・・ これ。 すぴかにあげます。 約束ですものね。 」
ふわり ― 白い霞みたなレースが広がった。
「 ・・・・ わあ ・・・・ ありがと〜〜 お母さん ・・・ 」
「 お母さんね、これを被ってお父さんとこにお嫁にきました。
すぴかも これを被って幸せになって ・・・ 」
「 ・・・ お母さん ・・・・ 」
「 これはお父さんから さ。 」
ジョーは用意していたブーケを差し出した。
「 わ ・・・ カワイイ〜〜〜 」
「 本当はさ、 お母さんみたいにクローバーと思ったんだけど ・・・
この季節じゃ無理で ・・・それで 」
「 ううん ううん お父さん。 これ ・・・ 最高に好きだ〜 アタシ♪ 」
本日の花嫁は マーガレットのブーケの顔を埋めている
・・・ あ 泣いてる のかな ・・・
「 なんかあんまし香り ないんだね? 舐めてみたけど甘くないし〜 」
花嫁は ― 泣いてなんかいなかった!
「 こらこら・・・ 花嫁がブーケ 舐めちゃだめだよ 」
「 うはは ・・・ いいね〜なんかさ こう・・ 春〜って気分でさ。 」
「 さ そろそろ時間よ〜 ジョー? お願いね
すぴか ・・・ 最高に綺麗よ 〜〜 」
フランソワーズは ムスメの頬のキスをすると 控え室を出て行った。
「 あ〜〜〜 ねえ お父さん。 お母さんってさ〜〜 ほっんとキレイだよねえ 」
「 ・・・・・ 」
「 おと〜〜さん? 」
「 ― あ? 」
ぼ〜〜っと妻の後ろ姿に見惚れていたジョーの手を すぴかはつんつん・・・突いた。
「 あ じゃないよ〜〜〜〜 これから ホンバン なんだからね?
お父さん 大丈夫? よろよろしないでよ? 」
「 む ・・・ 失礼な! ふん、大船に乗った気分でいたまえ。 ほい。 」
「 あっは。 そんじゃ〜ま お願いシマス〜〜 」
「 よし。 」
すぴかは 差し出された父の腕に手を預けた。
コイツ ・・・ こんなにキレイだったかなああ ・・・
フランと似てるけど でも フランとは違うんだよなあ
なんかこう〜〜 ココロの中に元気の泉を持ってるってか・・・
うんうん そうだったよ
チビの頃からいつだってきっかり前だけ見てるって子だったものなあ
「 お父さん? 」
隣を歩く花嫁が こそ ・・っと言った。
「 なに 」
「 ― アタシ さ。 チビの頃 本気でお父さんとけっこんする!って
決めてたんだ 」
「 あは ・・・ それは光栄だな 」
「 ウン。 でもさ お母さんがいるから 諦めたけど 」
「 あは〜〜 」
「 ずう〜〜〜っと らぶらぶだもんねえ お父さんとお母さん・・・ 」
「 あ はは・・・ 」
「 アタシも ― 」
「 うん うん 幸せになれ すぴか。 」
「 ・・・ ウン ・・・ 」
く〜〜〜〜〜 ・・・・ !
ぼくの可愛いすぴかを奪ってゆくヤツ!
不幸にしたら 許さん! 泣かせたら 許さん!
― 009の眼力で睨んでやる〜〜〜
祭壇の前で 緊張している青年をぐっと睨みつけ ― ようとしたのだけれど。
あ ?? あれれ??? か 顔が 見えないぞ??
あれ??? すぴかのカレシ ・・・ だ 誰だっけ???
そうだよ! すぴかの結婚相手って 誰 ・・・?
焦りまくって盛んに目を拭うだが ・・・
あ あれれ ???? み みえない ??
「 あれ?? 島ちゃん?? まだいたの?? 時間 大丈夫? 」
「 ― え? 」
はっと顔を上げれば ― 編集部の雑多な風景とアンドウ課長の幅広い顔が目に入った。
「 やだ〜〜〜 居眠り〜〜〜??? お嬢さんと待ち合わせなんでしょ? 」
「 !!! ・・・ あ〜〜〜〜 やべ〜〜〜 」
ガタっ !! ごとん〜〜〜 どん。
いきなり立ち上がったので イスがひっくり返った。
「 島ちゃん。 ― 大丈夫? 」
「 ・・・だ 大丈夫デス ・・・ すんません〜〜 イッテキマス〜〜
」
・・・ 加速そ〜〜〜ち!!! の つもり〜〜
ドタドタドタ〜〜〜 盛大な足音と共に島村チーフは出ていった。
「 ?? ど〜したんスか〜〜 」
「 ああ ・・・ 父親のココロはフクザツなんだね〜 」
「 はへ?? 」
「 ほら〜〜〜 オダクン〜〜 早く柱、やっちゃいな〜 」
「 へ〜〜い〜〜〜 へっくしょ・・・! 」
「 あ。 花粉? ― 春だねえ〜 」
相変わらず賑やかな編集部にも 春は確実に?やってきている らしい。
ダダダダ ・・・ 表通りを駆け抜けてメトロ・マークの入口を目指し。
「 ふう ・・・ ちょっと遅れちまったな〜〜 なんだってあんな妄想してたのかなあ
ってか妙〜〜〜にリアルだったんだけど ・・・ 」
とんとん ・・・ 彼はアタマを軽くたたいてみた。
「 と もかく〜〜〜 現実に戻らなくちゃ! ああ 時間があ〜〜
すぴか ごめん〜〜 」
ジャケットを着る時間も惜しく、ジョーは肩に担いだまま階段を大股に降りてきた。
で 三番改札口には。
午後だから そんなに混雑はしていない。
行き交う人々は多いけれど 人待ち顔をしている姿はあまり見当たらない。
改札口は空いていた。
その中に ― ちらっと金茶色のお下げが見えた。 まるいほっぺが艶々だ。
お いたいた♪ でへへ〜〜〜 相変わらずカワイイなあ〜〜
「 やあ すぴ ・・・ ???? 」
声を上げる寸前 ― さすが〜〜 009、というか 彼の足は ぴたっと止まった。
ジョーの娘の後ろには ニット帽をかぶった少年が立っていたのだ。
!!! だ だ 誰だ ぁ〜〜〜〜
ぼくのムスメに手を出すなあ〜〜〜〜
うぬ 〜〜〜 !! どこの馬の骨だああ〜〜〜
「 〜〜〜 あ〜〜〜 もし もし? 」
ジョーは素早くジャケットを羽織ると 努めて落ち着いた足取りで近づいていった。
「 あ おと〜さん〜〜 」
ぱっとすぴかは目を輝かせた。
「 おう すぴか。 ごめんな〜 少し遅れて ・・・ 出がけに電話が入って 」
ジョーはぬけぬけとオトナのウソを言いつつも しっかり後ろの人影に視線をとばす。
「 おと〜さん 仕事 忙しいの? ホントにいいのぉ 出てきても 」
「 いいさ たまには。 すぴかとデートしたいもんな〜 」
「 へ〜〜え? お母さんとじゃなくても?
」
「 お母さんともデートしたいけど 」
「 はいはい もう〜〜 いつだってらぶらぶなんだからあ 」
「 あはは〜〜 すいませんね〜 で えっへん。 そちらさんは 」
か〜なりわざとらし〜く咳払いをすると ジョーは娘の後ろにいる人物にぎろり、と視線を当て ―
金茶っぽい髪の少年が 「 あ おと〜さん 〜〜 」
! ぬぅあんだとぉ〜〜〜 ― あ。 す すばる ・・・!
彼の前には彼のムスコが ほんわ〜か笑顔で立っていた。
「 ・・・ す ばる ・・・ 」
意気込んでいたジョーは あやうくバランスを崩すところだった。
「 ? ど〜したの〜〜 お父さん 」
「 い いや ・・・ すばる、来れないって言ってたから さ 」
「 あ〜 うん。 アタシさ
学校から一緒に連れてきたんだ〜
皆でさ〜
お母さんへのプレゼント 選ぼうって思って。 」
「 そ そうなんだ? 」
「 えへへ〜 すぴかに拉致られた〜〜 」
最近は少し無口になってきた・・・とフランソワーズが言うのだが
父の前では 相変わらず彼はにこにこのほほ〜ん・・・なすばるクンである。
「 いいね〜〜 三人でお母さんの誕生日プレゼント 選ぼう。 」
「 ウン♪ お母さんさ、いっつもなんにもいらない って言うもんね 」
「 そうなんだよ〜〜 だから今年はすぴかとすばるに協力してほしくてさ。 」
「 おっけ〜〜 ねえ なににする? アクセサリーとか? すばる、あんたの意見は? 」
「 ― 鍋 とか? 」
「 鍋?? 」
「 そ。 フランス製ですげ〜〜いいの、あるよ。 」
「 ふうん じゃあともかく駅ビルとかデパート 行こう。 」
「 オッケ〜〜 」
遠目には
兄弟にも見えるこの三人、ジョーとすぴかとすばるは わやわや〜
母への はぴば・プレゼント を選びに商業施設へと繰り出した。
「 ふひ〜〜〜 ・・・ ああ 疲れたァ〜〜 」
ジョーが タオルで髪を拭きつつバス・ルームから戻ってきた。
「 うふふ・・・ あの二人の相手、お疲れさま 」
「 ああ もう〜〜 アイツらってさ。 体力底なしなんだよ。
チビの頃もそうだったけど ま〜〜あっちこっちさ〜んざん引きずりまわされた 」
「 うふ・・・でもと〜〜っても楽しかった って顔してるわよ? 」
「 えへ ・・・・ ウン、 とって〜〜も楽しかった♪ 」
ぽん。 ジョーはベッドに腰かけてバスタオルを被ったまま ほわ〜〜っと笑う。
「 いい顔ね ジョー。 それで なにを買わされたの? 」
「 え〜〜 < お母さんへのプレゼント > なんてさ、単なる口実だよ。
< ついでにさ〜 > って言い訳がくっついてあっち行ったりこっち見たり・・・ 」
「 まあ たまにはいいんじゃない? ウチは お誕生日とクリスマスしか
プレゼント は買わないもの。 」
「 そうなんだけどね。 実はさ 中坊女子 とか何が欲しいんだろ??って
興味あったし 〜〜
」
「 それで?? すぴかには何を買ってやったの?? 」
ドレッサーの前でフランソワーズは髪を梳いたり 顔のマッサージをしていた手が
すっかり止まっている。
「 な〜〜んだと思う? ぼくはさ、オシャレなバッグとかお出かけ用の服とか・・・
カワイイ文具とかかな〜〜って期待してたんだ ・・・ 」
「 あはは 〜〜 それはちょっとウチのお嬢さんには < む〜〜り〜〜 > 」
彼の妻はころころと高声で笑う。
「 ・・・ 無理 だった。 すぴかがわくわくして選んだのは さ・・ 」
「 選んだのは?? 」
「 バッシュー ( バスケットシューズ ) さ。 外国製でロゴが入ってて
ぼくが見てもカッコいかった。 」
「 よかった、でしょ? ジョーさん。 そうね〜〜 今 あの子は部活・命 だものね〜
次期 キャプテン候補らしいし? 」
「 ま なんにせよ夢中になるものがあるのは いいさ。 」
「 で アナタのムスコさんは?? 何を選んだの? 」
「 きみのご長男さんが指定したのは ― スキレット さ。 」
「 え〜〜〜〜 フライパン??? あはは〜〜 そりゃすばるらしいわあ〜〜
なにせほら、 六つの誕生日に マイ・包丁 をねだったコですもん。 」
「 もうな めっちゃくちゃ嬉しそうでさ〜〜 重たい箱、抱きしめるみたいにして
もって帰ってきた。 配送しますよ〜とか言われたんだけどね。 」
「 ふうん ・・・ それじゃ 是非使ってもらわなくちゃねえ 」
「 ウン ― いやあ〜〜 疲れた よ〜〜〜 」
バタン。 彼はベッドにひっくり返った。
「 お疲れ様。 でもたまにはいいでしょ? 」
「 ホントはさ ・・・ もっと頻繁に付き合って出かけたりしたいんだ ・・・
なんかさ〜〜 妙〜な妄想 しちまってさ ぼく。 」
「 妄想? 」
「 ・・・ ウン ・・・ 」
ジョーは 寝ころんで天井を見上げたまま < 花嫁の父 > の妄想を語った。
「 ふうん ・・・ そんな風 かもしれないわね 」
フランソワーズの声が 少しくぐもってきた。
「 ウン ・・・ でも 」
「 ・・・ でも? 」
「 ウン。
… ホントのその日って。
ぼく達は いない んだよね ・・・ 」
カツン ・・・ !
呟くほど低いジョーの声に フランソワーズ の手からヘア・ブラシが滑り落ちた。
「 ・・・ ごめ ん ・・・ 」
「 は 春なんて来なければいい・・・ ! ず〜〜っと早春で ず〜〜っとあのこ達
ちっちゃくて お庭で遊んでいる頃だったら いいのに・・・! 」
「 フラン ・・・ 」
「 ず〜〜っと! タカタカ走り回って 坂を駆け下りたりしてるちっちゃなすぴかと
いつまで〜〜も蟻さんを眺めているチビ・すばるだったらいいのに!
は 春なんて 来ないでいい ・・・ 」
「 ごめん、フラン。 ごめん ・・・ 」
ジョーは妻の側にゆくと そっと震えている嫋やかな身体を抱いた。
「 ・・・ う ううん ・・・ わたし こそ ・・・ でも でも ・・・ 」
「 ごめん ・・・ 」
「 ジョー ・・・ ジョー ・・・ 」
「 いっぱい いっぱい愛してやろうよ。 まだまだコドモなんだもの。
これからさ、アイツらとの < 闘い > は ・・・ 」
「 そ うね そうだわね 」
「 そうさ。 しっかりタグ組んで行こうぜ、戦友さん? 」
「 了解。 ふふ・・・ 009と003ですもん、最強のチームだわ 」
「 だよね ・・・ 」
「 そうよね ・・・ 」
二人は抱き合ったまま 寝室の窓から早い春の夜空を眺めた。
今夜も 波の音がゆるゆると聞こえ続けている・・・
ザザザザ −−−−−−− ザ −−−−− ・・・・ !
藍色の海に 白い泡がゆるやかに広がってゆく。
海からの風はまだまだ冷たいけれど その中にほんの少し温かさの芽が感じられなくもない。
早い春の風が 海の上を渡ってきているのだ。
キュロ 〜〜〜〜〜〜 ・・・・ キュロロ 〜〜〜
海鳥が高い鳴き声をあげて飛んでゆく。 そろそろねぐらに戻るのかもしれない。
「 ふう ・・・ 」
ジョーは 砂浜に転がっていた流木から立ち上がった。
手にはずっと一枚の写真を持ったままだ。
「 フラン ・・・ ねえ フラン。 」
彼はその写真に ― 輝く笑みを浮かべた彼の恋人に 話しかける。
「 きみが 大好きだった 早春の海だよ … ず〜っと好きだった海だよ
ぼくら 海辺で出会ったよね、 だから 今 ぼくは 海に還る。
待っててくれる だろ? 皆 一緒にね。 ねえ フランソワーズ。 今 行くよ 」
ジョーは ゆっくりと歩き始めた。
海へと一直線に向かった足跡は ほどなくして春の波が消し去ってくれた ―
********************************
Fin.
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Last updated : 02,09,2016.
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************ ひと言 **********
早春って ちょっぴり切ない季節かな〜〜って・・・
こんな風に 彼らはそっと去ってゆくのでしょうね